2012年2月12日 『現役・花の書店員』 第20回
『返品』について
先日、一人の年配の男性がレジカウンターの右前に立ち、こちらをじっと見ていた。
「何かお尋ねですか?」と近づくと、ここで手帳を買ったのだがこれにつけるカバーはないかと言われる。手帳は手のひらサイズで小さなもの。専用のカバーはないですと応えると「じゃあ返品だ」と言われる。「レシートお持ちですか?」と問うと「そんなもん捨てた」と一蹴。この辺から雲行きが怪しくなる。「レシートがないと返品お受けできないのですが」と控えめに言うと「ここで買ったんだ!」と怒り気味。
どうしたものかと思っているとおじい様が振り向き「おーいレシートは?」と奥様らしき人に声をかけた。奥様は品のよい方で「もう捨ててしまいましたよ」とばっさり。奥様にも「返品お願い」と言われたら売上履歴をパソコンで調べるしかなかったが、「返品はいいわよ。もう帰りましょう」とさばさば。「すいませんでしたね」とおっしゃり助かった。
しかし、殿方の気持ちは収まらないらしい。「申し訳ありません」と一応頭を下げるぼくにがんを飛ばした。ああ、がんを飛ばされたのなんて中学校以来だろうか。怒りに満ちたじい様のがん。偉そうでいながら奥様に頭が上がらないじい様の眼差し。
そういえば最近お客様からの返品が増えたなと思う。
これも最近、三十七冊買ったうちの一冊を買い間違えてしまったので交換して欲しいとおっしゃるおじ様がいらした。
カウンターに持ってきたのは返品したい本と交換したい本とレシートのみ。
返品作業はレシートの作り直しをしなければならない。一冊ピッとスキャンして、あとの三十六冊は延々と数字を手打ちしなければならない。「9784・・・、19・・・、4784・・・、0047・・・」返品レシートを作り、改めて新しいレシートを作る。交換する一冊をスキャンし、また残りの三十六冊のコードを手打ち入力。永遠を感じた。レジは長蛇の列。
やっと入力し終え、クレジットと商品券を使っていたのでレジの本体でまずクレジット、そして、あっ、やはり焦っていたのか勝手に手がエンターキーを押していた。
商品券だったところを現金で買ったことにしてしまった。呆然と立ち尽くす。
お客様に説明。商品券だったのに現金で打ってしまいました。正しいレシートを出すためにはまた一から入力しなくてはならないのですが・・・。
おじ様は「もう待てない」とおっしゃる。さすがにかちんときてしまったぼくは「商品があればもっと早く入力できるのですが」と言ってしまう。
結局お客様は間違ったレシートを持って帰った。
打ち直す間、おじ様はケータイで家族らしき人と話し、一切申し訳ないという気持ちを表明されなかった。むしろ時間がかかって困るという態度。「あなたが間違って買ったのでしょ」と内心思いながら「大変お持たせして申し訳ありません」ととりあえず詫びる。内心の思いと表明する言葉の区別がついてきたことに長年接客でもまれてきた成果を密かに感じた。
その前も。付録にアイドルの生写真が入っている雑誌を購入したが汚れているので二十冊返品してくれと言う兄さんがいた。汚れていると言う写真を見ると、どこに汚れが?という具合。確かによく見ればほんの少しの折れがあった。指紋が付いているという写真は、何度光にかざしても指紋は見えなかった。今回限りにしてくださいと念を押し、防犯カメラでばっちり顔を写し、連絡ノートにもその顔を張り付けて今回は要求を飲んだ。
さらに返品詐欺というものも世の中にはあります。自ら高額な本を傷つけ、傷んでいるから返品させろと脅すもの。手口はワンパターンで、ひたすら怒鳴り、店員に考える暇を与えない。短時間でてっとり早く金を要求する強盗の一種。たいていはレシートを持っておらず、いつ買ったか聞いてその日の売り上げ履歴を見れば買っていないことはわかる。ただ要注意なのはレシートを拾われた場合。だから落ちたレシートはすぐに拾う。高額本を買ったレシートが店に落ちていたら、速やかに拾い上げ、破棄してくださいね。
まだありました。買った雑誌が家に帰ると表紙が破れていた。店には当分行かないから持って来いというもの。どんなに理不尽であっても店の責任を言われると持って行かざるを得ない。その人も若いあんちゃんだった。
他に多いのは宝島のブランドムックに入っている鞄が汚れている、あるいはチャームがついていないなどの交換要求。これも店の責任なのかと思いつつ交換。賃金を安く抑えるということはそれだけサービスの質が落ちるということ。責任の所在があやふやになるということ。
あとはNHkテキストなどで2月号と3月号を間違ったというもの。そういう場合はほとんどお客様の方からまず店に電話を入れて申し訳ないが返品、あるいは交換できますかと言って来てくれる。「はい、現品とレシートを持って来ていただければ承ります!」なぜかうれしい。それが本来だろうと思いながらそうしてくれるお客様は返品の半分くらいでしょうか。
みな様は返品への抵抗感ってないでしょうか?
買うまでに十分に考慮を重ねてよしこれだと思ってお金を払うものなのではないでしょうか? ぼくはそう思っているから返品を言い出したことはありません。もちろん、よっぽど傷んでいたり、明らかに店側の不手際があったら申し出るとは思いますが。
本を重複して買ってしまうのはしょっちゅうです。それだけその本への関心が深いということ。返品など考えず、誰かにプレゼントしようと思う。
簡単に返品ができる店だと思われたくはない。だから返品の際には名前、住所、電話番号を書いてもらう。
それでも、なんだろう、この返品の多さは。お客様から書店へ、書店から出版社へ。
ミスマッチ。想像と具体とのずれ。
ずれがゼロになることは永遠にないでしょうが、ずれを少しでも減らす努力を続けたいとぼくは思っています。
責任を自ら持ち、失敗から謙虚に学び続けることによって。十分に体を使って知ろうとすることによって。
この人生を返品することはできないのだから。
花の書店員の花FILE - 020
水仙
水仙にはナルシストの意味もあります


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